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発見から入院まで

自覚症状

 いつもと何か違う。そう思ったのは、その月の生理が始まった時でした。
 と にかく異常に量が多い。そう言えば先月の終わりも多かったっけ。。。
 でも、そろそろいい年だし、あがる前って多くなったりするよなぁ。

 この時はさほど気にも止めていませんでした。

 今から考えると、不正出血は1・2年前からありました。
 生理の時期でもないのに、ちょっとだけ出血したり、生理のサイクルが短くなったり。
 この時点で婦人科を受診していればこんなに長期に渡る治療をしなくて良かったのに。
いろんな障害に悩まなくて良かったのに。
 今更何を言っても遅いのですが。

 ちょうど連休中だった事もあり、しばらく様子を見る事に。
 しかし、一向によくならず、毎日びっくりするくらいの出血の量でした。
 連休明けを待って早速近くの産婦人科を受診し、がん検診をしていただくことになりました。
 この時点で私はまったく癌なんて眼中にありませんでした。
 「検診の費用が余計にいったな」なんて思ったくらいです。

 がん検診の結果 「クラス5」 間違いなくがんでした。
 結果は主人が先生から報告を受け、私に伝えてくれました。
 「病院から連絡があって行ってきた。
 どうも小さい癌ができているらしい。

 1・2ヶ月入院しなくてはいけないけど、治るから心配は無い。
 大きな病院で検査を受けるため紹介するから、どの病院にするか相談してきて欲しい 」
 他にも何か言っていたようですが、あまりのショックにほとんど覚えていません。

 しばらく呆然としていましたが、その後最初に頭に浮かんだ事は、
 自分のからだより仕事の事でした。

 とにかく、病院を決めなくてはいけない。どこにするか随分悩みました。
 結局、家から車で1時間、何か用事があるときでもすぐに来てもらえる、大学病院を選び紹介状を書いてもらいました。

初 診

 近くの産婦人科で検査結果がでてから1週間、相変わらず出血は続いていました。
 生理が終わったため常にではないのですが、出血し始めると1時間くらいは大量に出続けました。しかし、この間不思議と怖さはありませんでした。何故なら、入院までに片付けなければならないことがあまりにも多かったからです。

 ようやく大学病院へ組織検査をしてもらうために行ったのですが、初診と言う事もあって待つこと2時間、見てもらったのは12時を過ぎたころでした。
 問診のあと内診をしてもらっていると、カーテンの向こうから
 「かなりでかいな・・・」という声。
 不安になりながらも、組織をとってもらい、ガーゼで止血をして内診台を降りました。

 その後先生のお話を主人と一緒に聞くことになりました。
  ・子宮頚癌であること
  ・5.5センチの大きさがあること
  ・ステージはおそらく1期b2期であること
  ・すぐに入院して検査を受けること
  ・抗がん剤治療の後、手術をすることになる
     他にも色々お話されたでしょうがあまり記憶がないです。

 この時私の頭の中では、病気より仕事の引継ぎのことばかりでした。
 「3日後に入院にしましょうか」という先生に
 「もう少し後にできませんか?」と私。

 散々ごねて、MRIの予約が5日ほど先だった事もあり、とうとう先生も折れてくれ、10月6日入院という事に決定しました。

 そして、組織を取った後の出血が続いているため、出血が止まるまでガーゼ交換に毎日病院に来るようにと言われ病院を後にしました。

仕事の事

 会社の仕事ももちろん心配でしたが、その頃私は地元の情報誌作成の仕事をボランティアでさせて頂いていました。
 年4回の発行なので、それ程大変ではないのですが、タイミングの悪い事に、秋号の編集が始まるときでした。猶予は1週間。病気の事を仕方なく話して、原稿を至急届けて頂き、まる2日間睡眠時間を削り必死で作業をしました。
今になって思えば、この時がんばってやっておいて良かったと思いました。何故なら、この3日後には入院してしまうのですから。

緊急入院

 受診した翌日、土曜日なので、外来ではなく婦人科病棟へガーゼ交換のため再び病院へいきました。交換だけなので5分ほどですんだのですが、まだまだ出血が止まらないとの事、翌日も交換に来るよういわれました。

 確か昨日は4枚、今日は5枚・・・ (ガーゼを詰めた数です)

 翌日曜日の同じ時間に病院へ行ったのですが、今日は当直の先生しかおらず、1時間待ってようやくガーゼ交換をしてもらいましたが、な・なんと7枚ものガーゼが詰められました。こんなに詰めなくても・・・座るのが気持ち悪い。

 やっぱり今日も出血が止まりそうにないらしく、早く入院するよう勧められながら翌日の外来の予約を取って家に帰りました。

 月曜日。平日なので主人に病院まで送ってもらえず、しかたなく電車で病院へ行く事にしました。昨日から実家の母が家の整理に来ていたので付き添ってもらい、電車の中で、帰りには美味しいもの食べようね なんて話していたのですが、まさか家に帰れなくなるなんて。

 初診で見て頂いた先生が私の担当なのですが、ガーゼ交換だけなので別の先生に処置をしていただきました。処置が終わり内診台を降りたらいきなりポタポタと出血が。
 びっくりして、先生を呼ぶと、

  先生 「即入院してください。」
  私  「え〜〜 帰ってやらなくてはいけないことがあるのに!」
  先生 「こんな状態で家には帰せません。出血死してしまいますよ!!」
  私  「でも・・・」
  先生 「出血がおさまったら家に帰れるから。」

 そして、先生は有無を言わさず、病棟と担当Dr.へ緊急入院の連絡をしたのです。

 もう何を言ってもしょうがありません。
 午後から出社する予定だったので、会社へ連絡し、 受付で入院手続きをすませ、取り合えず必要な物を売店で購入し、婦人科病棟まで上がっていきました。
 緊急のためベッドの準備が出来ていないとの事、遅くなった昼食を母と二人、病院内の食堂ですませました。
 「ほんとうなら美味しい物食べて帰るはずたったのに・・・」
  付き添ってきた母も帰るに帰れず、夕方主人が来るまで病院で待つ事になりました。  

***外 泊***

 入院してからは、ほんとうなら外来で受けるはずだったMRIとCTを撮影してもらっただけで、後は毎日出血の量を測るのが私の仕事でした。

  入院した当初大部屋(6人)に、私を含めて2人だった患者が翌日には満員、それもすべて癌患者。世の中にはこんなに沢山の人が癌で苦しんでいるんだなぁなんて思いました。(この頃は誰ともほとんど口を利かなかったなぁ。)

 出血も日に日に少なくなっていき、結果待ちで何もする事が無くなった週末、とうとう念願の外泊許可でました。
 少しでも早く帰りたかった私は、急いで洋服に着替え、タクシーに飛び乗り、電車で家に帰りました。
 たとえ5日ほどとは言え、ほとんど寝てばかりだったのと、出血のため貧血になっているのとで、さすがにぐったり。家に帰るなり布団を敷いてやすみました。
 「やっぱり我が家はいいなぁ・・・」とつくづく思いました。

 しかし、家でのんびりしているわけにはいきません。 翌日は土曜日でしたが職場へ行き、当面やらなければならない事を引継いで来ました。日曜日にはまた病院へ戻らなければならず、あっという間の2泊3日の外泊でした。

 


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